今日は高血圧の話をさせていただきます。
高血圧と言うと、何だそんなことはもう聞きあきたとおっしゃられる方もおられるかもしれませんが,結構奥が深い話題です。
最初に血圧の存在を科学的に証明したのは,1714年イギリスのハレスという生理学者です。馬の頸動脈(けいどうみゃく)に真鍮(しんちゅう)にガラスを継ぎ足したパイプを差し込み,その中を血液が上っていくのを観察しました。
約150年後、イタリアのリバノッチという人が,腕に巻くベルト(カフ)と水銀柱を組み合わせた血圧計を考案し,これをたまたま旅行中に見かけたクッシングという医者が1901年アメリカに持ち帰り,改良して普及させたのが今日の血圧計の始まりといわれています。最初は触診(しょくしん)で計測していたので,あまり正確でなくしかも収縮期血圧しか測れませんでしたが,1905年ロシアの外科医コロトコフという人が,聴診器を使って正確に収縮期(しゅうしゅくき)と拡張期(かくちょうき)血圧を測る方法を考案してから,広く臨床に有効なデータが得られるようになりました。
高血圧で死んだ人の例として有名なのが,アメリカの32代大統領フランクリンルーズベルトです。1944年3月,彼を診察した心臓医は,186/108という血圧を記録し,チアノーゼ、湿性ラ音(しっせいらおん)、心肥大(しんひだい)を報告,その頃唯一の心臓病の薬であったジギタリスを処方(しょほう)しています。その後症状は改善しますが,血圧は210/110と非常に高い値が続いています。その年8月,全国キャンペーンの途中胸痛発作を起こし,その8ヶ月後,1945年4月脳出血を起こして死亡しました。連合軍最高司令官である大統領の健康状態は戦時中の最高国家機密として扱われていました。遺体の防腐処理報告によると血管の動脈硬化(どうみゃくこうか)があまりにひどいた� ��針が動脈壁を通過しなかったと書かれています。ルーズベルトの病歴を読むと,動脈硬化,虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)、心不全,脳卒中など,典型的な未治療高血圧疾患の終末像を見ることができます。
一時的にすぐに体重減少
現代の患者さんにとって幸運なのは,ルーズベルトの死後,第二次大戦後にたくさんの高血圧治療薬が開発され,血圧のコントロールが可能となったことです。また高血圧を起こすメカニズムもずいぶんわかってきました。それにも関わらず,現在未だに血圧の治療が目標値に達している人は高血圧の患者さんのうち34%に過ぎません。理由はいくつか挙げられますが,まず第一は,高血圧そのものは,多くの場合症状を起こさないので、自分の血圧が高いことを知らないか,知っていても治療の必要を感じない人が多いことです。血圧が180でも,平気で何の症状も無く生活している人がたくさんいます。しかしこれを放っておくとルーズベルトのように,たくさんの副作用症状が起きてきます。起きてからでは遅� ��のです。高血圧が静かな殺し屋 (silent killer)
と呼ばれる由縁はそこにあります。第二は患者さんの問題があります。いろいろな理由で薬を飲まない,飲もうとしない人が多いのです。医者の側から見ると それは大変歯がゆいものです。もちろん血圧のコントロールはお薬によるものだけではありません。食塩の制限,体重減,そして日々の運動は,皆,大事な血圧療法の一環です。しかしそれで血圧がコントロールできなければ,早めにお医者様と相談されて,薬物療法を始められることをお勧めします。お薬の副作用を心配される方も多いのですが,お医者様とよく御相談の上使われる限り,お薬の利益の方が,副作用の可能性よりはるかに大きいと考えられます。第三には医者の問題があります。アメリカではphysician's inertiaと呼ばれているのですが,日本語には訳し辛いのですが,医者の非積極性とでも訳しておきましょう。患者さんとじっくり話し,高血圧の弊害(へいがい)を理解してもらい,お薬の副作用の可能性を話し,薬を処方し,細かくフォローアップをして血圧がコントロールがつくまで,面倒を見るというのは,医者の側からいうと,大変な努力と労力が必要な割に報いが少ない仕事となります。また,血圧の現在値というのは一回の測定によるものでは決められず,最低でも3回くらい測った後でないと,確信を持って血圧が高いと言い切れないのです。それでついつい血圧が160ぐらいであってもまあこの次の機会を見てからと言っているうちに,結局治療機会を逃すことになります。これが physician's inertia と言われるものです。第4には社会の問題があります。ポテトチップや,枝豆,漬け物,鳥の唐揚げ,中華料理に至るまで,塩や醤油,ソースなどを加えて味を改善しようという試みは至る所にあります。またパンやバターなど日頃あまり気がつかないところにも食塩がかなりの量含まれています。肥満を促進するコーラやソーダ,アイスクリームの大量消費は世の中に蔓延しています。こうしたことを社会全体として考え,変えていかない限り,高血圧の悲劇を根絶するのはなかなか難しいと思います。
高血圧による死亡
血圧の定義を教えてください。
通常、血圧が高いとか低いというのは安静時血圧のことです。運動したり,興奮したりすると血圧は上がります。一日のうちでも,時間帯によって血圧は少しずつ変動します。それで一日のうちの決まった時間に計測される,安静時血圧を一般には血圧の測定値とします。年齢があがるにつれて,安静時血圧は上がります。成人の安静時血圧の正常値はいくらかということについては,これまで色々議論があり,今でも,完全に合意ができているという訳ではありませんが,とりあえず,アメリカには,JNC(Joint National Comitee)という血圧に関する専門家が集まる全国協議会があり,これが,数年ごとに,新しいデータを勘案しながら,血圧の正常値や,治療目標、治療方法のガイドラインなどを発表します。この協議会が発表するレポートが世界中で一番良く受け入れられています。日本で発表される高血圧のガイドラインも多くはこれにのっとっていると思います。最新のものはJNC7(第7回全国協議会)であり,2003年に出版されたものです。もう発表されてから5年になるので,JNC8がもうすぐ出るはずです(今のところ2009年の予定と聞いています)。ともあれ、JNC7では正常血圧を120/80未満と定義しています。さらに,JNC7では,115/75を基準として,これより20/10ずつ血圧が増すたびに循環器病のリスクが2倍増すとし� ��います。
いったいいくらの血圧がベストと言えるのでしょうか?
protocalケヴィントルドー減量肥満の治療法
正常値と理想値は少し違います。心筋梗塞や脳卒中の危険と高血圧とは非常に高い相関関係がありますので,血圧は低ければ低い程よいという議論にも一理ありますが,それには限度がありまして,収縮期血圧が50では,命を維持することができません。これを血圧に関するJカーブ(じぇいかーぶ)と言います。つまり,ある点を境にしてこれより下は死亡率が再上昇を始めるという点があるはずです。学者の間で,理想的な血圧はいったいいくらであるのかについて色々議論があるようですが,収縮期血圧が118というのが理想的(つまりJカーブの底)だという人がいて,私もそれくらいではないかと思っています。JNC7が115/75を基準にしてそれ以上は循環器病のリスクが増えると言っているのもこれと一� ��します。拡張期血圧については,大動脈弁不全症や大動脈の動脈硬化などで,むしろ低下することがありますので,低ければ良いという議論にはなりません。歴史的には,拡張期血圧(血圧値の下の値)の方が収縮期血圧(血圧値の上の値)よりも重視された時期がありますが,現在では,上に述べたような理由で,収縮期血圧(血圧値の上の値)のコントロールをはるかに重視しています。現在では,血圧のコントロールと言えば,その大部分は収縮期血圧(血圧値の上の値)のコントロールを意味していると考えていただいていいと思っています。
運動療法を勧められたのですが,運動時の血圧が上がりますが大丈夫ですか?
一般論として運動時には血圧が上がります。これは簡単なことですが,非常に重要です。もし運動中に,血圧が上がらないか,または血圧が下がれば,直ちに運動を中止して,医師の診断を仰ぐべきです。これは運動負荷試験(うんどうふかしけん)の陽性所見の一つでもあります。重篤冠動脈疾患(じゅうとくかんどうみゃくしっかん)や大動脈弁狭窄症などの疑いがあります。
運動を始める前の収縮期血圧が200を超えている場合はどうでしょうか。これも運動を始めるべきではなく,安静にして,10分か20分後に血圧を再測定し,それでも200を超えている場合は,お医者様と相談されて血圧のコントロールが改善してから運動療法を再開されることを勧めます。安静時の血圧は良いが運動中の収縮期血圧が200を超える場合、正常な血圧上昇反応と解釈としてよいようです。運動療法が順調にいけば,安静時の血圧、脈拍はともに下がります。
高血圧による副作用にはどんなものがありますか?
ルーズベルトの話でお話しした,動脈硬化,虚血性心疾患、心不全,脳卒中などのほかに,腎不全,眼底出血(がんていしゅっけつ),頭痛,胸痛、肺水腫などがあります。
血圧の治療薬にはどのようなものがありますか。
利尿剤(りにょうざい),アンジオテンシン阻害剤(そがいざい)またはアンジオテンシン受容体ブロッカー、カルシウムチャネルブロッカー,ベーターブロッカーなどが主要なものですが,その他に,アルファーブロッカーや中枢(ちゅうすう)作用薬などもあります。最近レニン阻害剤もアメリカで利用できるようになりました。昔はできるだけ少ない薬を使って治療できる医者が名医と言われていましたが,今は違う作用機序の薬を組み合わせて2剤またはそれ以上を使用する治療も良い治療だと認められています。
血圧のお薬を4種類以上限度いっぱいの容量で飲んでいるのですが,血圧がどうしても下がりません。食事療法で食塩制限をよく守っています。
医者の立場からすると,血圧が下がらないという時は,まず患者さんが薬をちゃんと飲んでいるか,塩辛いものをたくさん食べていないかをチェックします。薬の中に利尿剤が入っていない場合は,利尿剤を加えます。それでもどうしても血圧が下がらない場合は,二次性高血圧症,特に腎動脈狭窄症(じんどうみゃくきょうさくしょう)を疑います。他に,治療抵抗性の二次性高血圧症の例としてはステロイドや鎮痛剤の使用,クッシング症候群,コン症候群、褐色細胞腫(かっしょくさいぼうしゅ)、末端肥大症(まったんひだいしょう),閉塞性睡眠時無呼吸症候群(へいそくせいすいみんじむこきゅうしょうこうぐん)などがあります。いずれにしても,血圧が下がらない場合は,あきらめず,お医者様とよく相� ��されて,原因をしっかり突き止められることをお勧めします。
血圧の薬の副作用はどのようなものがありますか?
最近の血圧の薬はよくできていて,副作用はあまり多くありません。ただ,薬が効きすぎると,血圧や脈拍が下がりすぎて,ふらふらしたりすることがあります。その時は投与量を減らしたり,投与時間を変えたりして様子を見ます。また、まれに空咳(からせき)を起こしたり、舌やのどの腫(は)れを起こしたり、血中のカリウム濃度が異常になったり,腎機能マーカーの値を上げたりするものもあります。いずれにせよ,お医者様とよく相談してお薬を使用してください。医者にとって一番困るのが,患者さんが正直に何を飲んでいるのかを報告してくれない場合です。患者さんが勝手に服用を止めているのも知らず,医者は血圧のコントロールが悪いからと言って次々に薬の上にまた薬を追加し,患者さんは飲ま� ��にゴミ箱に捨てているというのでは,医療費の無駄遣いであるばかりでなく,医療の原点が崩壊していると言っても言い過ぎではないと思います。
お酒と血圧は関係がありますか?
はい。アルコールの消費と血圧には高い相関関係があります。アルコールは肥満を促進し、肥満は高血圧を促進します。ですから,普段血圧のコントロールができていない人には,アルコールを控えるようお勧めします。ただし、アルコール(特に赤ワイン)には,心疾患のリスクを下げるという良い面もありますので,男性で一日グラス2杯まで,女性で1日1杯までの消費は,むしろ勧められています。赤ワインが良いという理由にはいろいろ説がありまして,アルコールそのものに体に良い成分が含まれているという説と,赤ワインの原料であるぶどうの種や皮の部分に含まれる成分が良いのだという説があり,どちらが本当かは今のところ完全には決着はついていないようです。赤ワインがお好きな方はどうぞその まま続けて飲まれてください。ただし量は程々に。
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